ボランティア活動:釜石;6月24日
朝5:00起床。出発が早いので少し早めに。まだ寝ている方もいるので静かに身支度。
6:00に最後の食事。ついこの前、食事の仕方を教わったばかりだったのに、もうここを去ってしまうのが何だか寂しい。
皆さんにお礼のご挨拶を一回りして、皆さんに見送られながら6:30に出発。他に仙台までバスで行かれる方二人と一緒に車に乗せて頂きました。
バスの出発時間の方が30分程早いので,バス停で少し最後のおしゃべり。が、二人が去った後、不覚にも車の中に荷物を一個置き忘れてしまっていた事に気付きました。急いでタクシーに乗り、ベースキャンプに戻りました。せっかく見送って下さったのに、再び戻るのはさすがに恥ずかしかったけど、「また会えて良かった。」と云ってくれて、その言葉にまた嬉しくなりました。
駅に帰る途中でタクシーの運転手さんが「さっき教会行くのに迷ったから」と
メーターを止めてしまいました。今、大変な時なのにおまけしている場合じゃないでしょう!と思ってしまったけど、どうしても折れてくれないので、おまけしてもらってしまいました。
駅に着いて、少し離れたコンビニに寄って水と新聞を。駅の方に戻ると、着いた日にタクシーに乗せてくれた運転手さんとさっき乗せてくれた運転手さんが仲良く並んでずっと手を振ってくれていました。何だか、最後の最後まで人の温かさに包まれた釜石滞在となりました。
今回、釜石に行くまで様々な不安があり、現地がどのような状態なのかが全く想像出来なかっただけに相当の覚悟を持って行きました。しかし、私が行ったベースキャンプは3月からは時間が少し経っているので生活自体に全く不自由はなく、一日の活動も無理のないように考えてくれています。
津波による惨状はやはり見ておくべきだと思います。「体感」する事によってそれはもう他人事ではなくなり、そして忘れる事がないからです。今も避難所で釜石や仙台の美しさを自慢げに話して下さったおばあちゃんの事や若いのに同級生を5人も亡くされた方、そして大槌町で一緒に作業したMさんの事をよく思い出します。時間は掛かるだろうけれど、いつかまた笑顔いっぱいで会えるように、と祈っています。
被災地では色々と悲しい面もたくさん見て来ましたが、しかしそれよりも本来の人間の素晴らしさを発見する事が出来、その印象の方がよっぽど強いです。人と人とが一緒にいる、そこに存在するもの自体が本当に素晴らしい。この素晴らしさが復興の力になるんだ、と確信を持って帰って来る事が出来ました。
たくさんの思いを持って、今は次のコンサートに向けて頑張っています。
明日からヨーロッパに行って来ます。今回は結構長旅で色々な人に会うので、東北で見て来た事、感じた事を伝えられたらいいな、と思っています。
朝5時起床。前日に早く寝ているのと緊張しているせいで自然に目が覚めました。外は雨。
ここからはKさんと二人で車で作業場の橋野小中学校まで。海沿いの道もたくさん走るので、津波の後の光景を見ながらの移動。北海道からいらしていたKさんとは色々とここに来るまでの不安や着いてから色々と思った事を共有出来て大分心が軽くなりました。
アルバムから一つ一つ写真を剥がし、砂をブラシで払い、除菌ティッシュで腐食を起こしているバクテリアを取り除き、乾かしてきれいなアルバムに入れて行きます。
釜石で降りるまで、電車の中で色々な人が声を掛けてくれました。「旅行で来たの?」と訊かれ「ボランティアで来ました」というと皆さん「私たちのためにわざわざ来てくれてありがとう」と云って下さいました。緊張しているせいか、その云って下さっている方の事を思うせいか、この一言にも、うるうる来てしまいます。
6月末に行った岩手県釜石で過ごした時間の事を少し書こうと思います。
しかし、ベースキャンプになっている教会の数十メートル先は瓦礫やめちゃくちゃになった家が延々と続いています。教会も浸水したそうだが、この津波との一線が大きな分かれ目となっていて本当に痛々しい。
前回のブログで「なぜ自分は生き残っているのか」と麿赤児さんが書いていた記事を載せましたが、自分が行っている教会でも神父様がお説教の中で同じような事を話していました。「なぜ、あんなに大勢の人達が亡くなったのに、自分は生きているのか?」その答えは出ないけれども、生きている自分に与えられている時間は大切に使わなくてはいけない、というような事を仰っていました。