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イギリス旅行記:小さな前進

                               Primrose Hill
Chalk%20Farm_resize.jpgロンドンにいる間に一回だけレストランへ。Primrose HillにあるOdettesというモダン・ブリティッシュの素敵なレストランに友人のTが招待してくれました。

コンサートも聴きに来てくれて、直後に色々と話したお陰で自分の中で今回のコンサートの事が頭の中で整理出来始めていた。今回のディナーは少し間を置いていた事もあり、コンサートの夜に話した事も消化した状態で再び話し合えたので、色々とクリアになった事が多かった。

実は、今回のコンサートの自己評価と云うのが珍しく出来ないでいた。いつもは観客の感想や反応とは別に、自分が掲げている目標や目指している物に対して、どれくらいの事が出来たかで自分の評価を出せていたが、それが今回は自分の中での出来不出来の実感がなかったので不思議に思っていた。

Tomoaki%20Dinner_resize.jpgしかし、これもTと話して謎が解けました。今回のコンサートはいつもとは違う準備の仕方をしていました。というのも、曲数が多いだけでなく新曲も多かったので、「弾き込み」という名目で最後の2週間程は細かい練習よりも「通して曲を弾く」という練習が多くなってしまっていた。これもとても必要な事だが、この練習に満足していたがために掘り下げるという作業を(今振り返ってみると)おろそかにしてしまっていた気がします。Tもこのような練習をしてレッスンに持って行ったら先生に「何かがおかしい...。」と云われ、結果的に演奏としては安心感は得られたものの「失ったものが多すぎた」と云っていた。自分もまさにその道を歩んでしまった。

クラシック音楽の凄い所は、音楽の中の意味(真実)は幾ら追求しても追求し切れない所にあると思っている。「今日、ついにこの真実に辿り着いた!」と思っていても、明日にはまた明日の真実が出て来るのである。おまけに今日のうちに、今日の真実を追究し切ろうとしない限り、明日の真実も出て来ないので毎日が一生懸命である(笑)。

今回の失敗は、コンサートの2週間程前で、私はこの追求をもうやめてしまい、その時点で辿り着いたものを固めていく方向でコンサートに向かってしまった。結局、演奏としての完成度を目指し過ぎて、守りに入ってしまったのです。鮮度が命だった自分の演奏とは違うものを目指してしまい、そしてさらに最終的な完成度もいつもとあまり変わらなかったので、自分としては評価のし所がなかった訳です。もちろん今後のコンサートにこの経験は生かせるので、無駄な事ではなかったと思っているが、珍しく後悔の念の残るコンサートとなりました。(いつもは反省はする事はあっても後悔する事はほとんどなかった...。)

自分の演奏を良く知っている友人との交流で、自分をもっと良く知る事が出来ます。音楽の道は長く、迷ったり、道を間違えたりもするが、信頼できる友人の導きによって自分の目指している道を再発見する時もあります。全然音楽的なタイプは違うのに、お互いの音楽を尊重して、励まし合える仲間がいて、本当に感謝です。

Tと話せたお陰で、今回のコンサートをしっかりと整理して心と頭に留める事が出来ました。コンサートの内容自体は大きなステップとはならなかったとしても、今回学んだ事は次のコンサートのための大きなワンステップになったと思っています。

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