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バッハ

 BACH_resize.jpgバッハを練習していると,こんなにもこの人の心の奥深くまで入って行ってしまっていいのだろうかと思う時がある。信仰心から来ているバッハの音楽は神様に向けらているもので、常に希望と喜びに溢れているが、内省的な曲では本当に無防備に魂の全てをさらけ出していて、弾いているこちらの方が土足で上がり込んでいる気がして申し訳ない気持ちになったりします。
 長い間、バッハが公の場で弾かれなかったというのも何となく理解出来ます。というのも、人に聞かせる音楽というよりも、神様に聞かせる音楽のような気がするからです。本当に一切の媚びも虚栄もない、まさしく「祈り」そのものです。バッハの音楽を弾く時は本当に自分自身、謙遜な態度で向かわなくては全然見当違いの音楽になってしまいます。純粋な信仰心と天才が合わさったバッハの音楽は本当に美しい。

 ロンドンに行くまで、私にとってバッハは難しいだけで,勉強のためにしょうがなく弾いていました。(小さい頃からバッハは絶対的に弾きこなさなくてはいけないレパートリー。) 
 だが、この見解を一変させて下さった教授がいる。アカデミーで教えていらしたアレックス・ケリー先生が「バッハを音楽的に弾く」というテーマでおこなった授業でバッハの前奏曲(平均律Ⅰ巻8番変ホ短調)を弾いてくれたのだがあまりの美しさに驚いた。本人も『こんな美しい音楽があるだろうか!』と連発し、その美しさを伝えきれない悔しさまで伝わって来た。私は家に帰ってすぐにこの曲を練習し出したが、それ以来バッハを見る目と,聴く耳が本当に変わった。
 その後,私自身も信仰に目覚め,バッハも違う意味を持つようになったが、信仰が無かった時でもバッハの美しさ,素晴らしさに目覚めさせて下さったA.ケリー教授に本当に感謝している。

 

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