Thoughts

10年

あの日から10年。
今日も10年前と同じような日だった。
ちょっと空気は冷たいものの、青空が広がっていて。

コロナのせいで、一般には告知されていなかった鎌倉の東日本大震災の3宗教による合同祈願式も鶴ヶ丘八幡宮で執り行われていたが、家でライブストリームでお祈りすることにしました。

朝の番組で子供3人を亡くした夫婦のことを取り上げていたが、どんなにあの地震が多くの人に計り知れない悲しみを負わせたかを忘れがちである。やはり今でも、その悲しみを背負った人たちがたくさんいらっしゃる事、そして寄り添うことを忘れないようにしなくては、と思う1日となりました。

1年そして10年

ちょうど一年前、この時期に緊急事態宣言が出されたのを思い出します。その頃は思いがけないご縁で私立の小学校で仕事をしていたのですが、学校は全面休校、卒業式も出来るのかどうかも分からず、本当に「未知」の世界に突入し始めていました。
生徒さんのレッスンは、ダイアリーを見ると、まだ3月始めまでは様子を見ながらでしたが、フル回転でしていました。ヨーロッパからは友人が3人、4月に来ることになっていて、その準備も始めていましたが、ヨーロッパではまだまだ感染者が少なく、その友人たちとの電話でのやり取りにいつもいつも温度差を感じていました。コロナのことは全く気にしていず、「インフルエンザと一緒だから」みたいな感じで、冗談さえも言っていました。それが、イタリアが医療崩壊となり、徐々に徐々にヨーロッパでもその深刻さが伝わり始めました。日本でコロナが出始めたばかりの時はやはりとても神経質になっていたのに、ヨーロッパではまだまだ軽く見ていた、その時のやり取りの違和感は今でもよく覚えています。

コロナで生活がガラッと変わって、もう一年。医療従事者にとっては本当に大変な一年になってしまいました。本当に感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

なかなか自由がきかない中、今しかできないことに色々とチャレンジしようとは試みています。コンサートはやはり安心して出来るまではする気にならないのですが、コンサートがなくても練習が苦にならない人なので、毎日規則正しくピアノに向かえていることは逆に感謝なことだな〜と思っています。大学生の時以来ですね(笑)。

そして、東日本大震災からもうすぐで10年。本当についこの前の気がしますが、10年、経つのですね。最初の数年は定期的に釜石に行ってボランティア活動をしていましたが、その後、仕事が忙しくなり、なかなか行けなくなってしまいました。10年の節目にまた釜石を訪れようと決めていましたが、こんなコロナになってしまい、それも難しくなってしまいました。一応何日か滞在するつもりでホテルなどを調べていた時もあったのですが、たくさんの立派なホテルがあることを発見してびっくりしました。(震災当時は全て流され、一つもなかった。。。)震災の心の傷は消えないだろうし、復興も色々な面があって難しいけれども、新しいホテルをたくさんネット上で発見した時はやはり嬉しい気持ちになりました。

被災地が、そして世界が早く平安を取り戻せますように。。。

2021年!

明けましておめでとうございます!

新しい年にたくさんの希望を持って、やっと2020年が終わったという感じでしょうか。
今年もどうなるかは分からないけれど、新しい気持ちでこのコロナとも付き合っていく方向で進むしかないですね。

とにかくみなさんが健康で、不安に思うことなく平安な日々を送れる年となりますように。。。

祈りを込めて

日本で緊急事態宣言が出されてから2ヶ月近く。世界中が今までに経験したことのない事態となり、今までの価値観や生活様式が一変してしまいました。日本の状況は大分落ち着いてきて、少しずつ日常生活を取り戻していく方向に向かっているように感じます。しかし、私が大好きなイギリスやアメリカ、そしてとても親しい友人のいるベルギーでは状況が依然として悪く、オンラインで話をすると、まだまだ先が見えないといった感じです。先週もイギリスでは、バスの運転手が55人も亡くなっているというニュースを数人の友人達から聞き、ショックを受けている様子がヒシヒシと伝わって来ました。

実は今日、長野でのリサイタルをする予定でした。たくさんの方々に支えられて、企画して頂いたコンサートでしたが、やはりみなさんの安全を考えて、キャンセルいたしました。コンサートがなくなって、私も寂しいので、何かの動画を皆さんと共有出来たらいいなと思っていましたが、海外の友人達や、やはりまだまだ日本でも医療現場で不安に思いながら働いている方達の事も思い、祈りに近い気持ちで、アルカデルタの「アヴェ・マリア」を弾くことにしました。

世界中の医療従事者、交通機関や郵便・宅配、食料品店やドラックストア、社会が機能し続けるために働いてくださっている方達への感謝を込めて、そして、みなさんがどうぞ無事でいる事を祈っています。

一変

世の中があっという間に一変してしまいました。
ずっとブログをアップしようと思いながらなかなか言葉が見付からず、時間ばかりが過ぎてしまいました。
まずは今、医療現場で働いている人達に感謝するとともに、安全を祈らずにはいられません。日本ではあまり取り上げられる事がなく、文化的なものなのかな〜とも思うのだが、やはり現場にいる医師達や看護士、病院のスタッフは命がけで働いていることをもっと知らなくてはいけないように思う。
自粛で仕事にしても学校にしても、家にいなくてはいけないことでみんな不自由を感じていて、不満もよく聞くが、家にいれることを逆に有難いと思わなくてはいけない、とアメリカのパーソナリティーが言っていた。毎日、恐怖と戦いながら仕事に出かけている医療従事者に比べれば、家にいることくらいは何でもないことのはずだ、と。

医師として働いているイギリス留学時代の友人やアメリカの友人が何人かいるが、「毎日、本当に怖い」「戦場のようだよ」「家族を危険にさらしたくないから、家には帰っていない」と言っていたし、みんな本当に疲れ切っている様子。。。話していて本当に涙が出てきます。

ブログをずっと書かなくてはと思っていた一つの大きな理由は5月24日に予定した長野でのコンサートを延期することになったからです。4月に入ってからももちろん、このコンサートのために張り切って練習に励んでいましたが、皆さんの安全を考えて、主催側と共にこのような決断となりました。
今の状況で人のために出来ることは限られていますが、やはり自分自身が感染しないように、そして、周りの方も感染しないように、自分を守り、他者をも守る行動を取らなくては、と思っています。。
予定を空けてくださっていた方々には本当に感謝でいっぱいです。今回キャンセルという事になり、本当に申し訳ないと思っておりますが、また皆さんが心配せずに100%楽しめる状況となった時に再度、日にちを設定したいと思っております。

入り口(はいりくち)

私は小学生の頃から女優の桃井かおりさんが大好きで、よく彼女の出ているドラマを見ていました。とても正直で気持ちがダイレクトに伝わってくるのが好きだったと思うのだが、彼女と共演した奥田瑛二さんが彼女の演技のことについて語っていた時に「入り口(はいりくち)が違うんだと思う」というようなことを言っていて、とても印象に残っている。役への入り口という意味だと思うのだが、今の自分の練習でそれを感じていて、とても面白い。
%E6%B1%9F%E3%81%AE%E6%B0%B4%EF%BC%88%E5%A4%89%E6%8F%9B%E5%BE%8C%EF%BC%89.jpgむか〜し昔の自分の子供の頃の感覚に戻っているのだが、「上」から音楽に入って来ている感覚なのだ。大学の時から横の流れを気にするというか、それを目標にしてしまったがために、いつの間にか、音楽に「横」から入っていたように気がします。上から見えてくる音楽と横から見える音楽は全く別物で、やっと自分の音楽を再発見している感があります。すごく感覚的なことで曖昧なのだが、上から見えるということは全体像が最初から全部見えているので、一つ一つの音がとても自由に動けるようになっている。例えて言うなら、水槽(音楽)を上から見ていて、その中を魚(音符)が自由に泳いでいるような感じでしょうか。今までは水槽の横に顔を近づきすぎて、泳いでいる魚ばかりを追いかけて水槽の全体像が見えなかったような。。。今は、最初の音から、全体像が見えてくるような音出しになって来た気がします。しかし、その水槽が小さくならないように注意しなくては、と気をつけている。水族館の一番大きな水槽くらいは目指したい。

パルカローレ Ⅱ

今年に入ってもう一ヶ月になってしまうのですね。早い。。。

昨年の12月、色々と事情があり、練習を最低限にしていたのだが、1月1日からまた張り切って練習しています。本当にクラシック音楽を思いっきり弾けることに感謝。やはりクラシック音楽にしか辿り着けない領域があり、それを自分で追及・体験できることは本当に幸せなことと実感。5月のリサイタルのプログラムも決まり、毎日の練習がとても充実しています。

去年の最後のブログがバルカローレⅠだったので、遅ればせながら、その続きを(笑)。
ショパンのバルカローレ(舟歌)の思い出だが、私がとても尊敬しているピアニストTはとにかくショパンが素晴らしく、本当にショパン弾きと言っても過言ではないと思っている。数年前にコンサートで弾いていたシューベルトも素晴らしくて感動したのだが、彼のショパンを聴くと、作曲家との隔たりを全く感じないのである。

10年以上も前の話になるが、その彼がレコーディングをするというので、ついて行くことに。イギリスの田舎の小さなチャペル(All Saint's Church Tudeley)でのレコーディングだったのだが、そのチャペルのステンドグラスは全部シャガールがデザインしたものでした。周りに建物は全くなく、自然の中にポツンと建ったとても小さなチャペルに、友人のTとエンジニアの方が一人、そして私だけの3人。会衆が座るベンチでTが演奏するのを聴きながら、レコーディングは進んでいきました。もちろん防音ではないので、外の音(車や飛行機の音)が入らないように、と時間的にはかなり夜遅く、外はもう真っ暗。何曲か弾き進んだ後に、「集中するためにチャペル内の電気を消したい」、とTが言いだしました。消してしまうと完全に真っ暗になってしまうので、外からチャペルを照らす電気を付けたらどうか、という話になりました。チャペル内の電気を全部消して、外の照明を点けると、シャガールのステンドグラスの絵が全部チャペル内にほんのりと映りました。シャガールのあの美しい青色が壁に映る中で、Tはバルカローレを何回も弾き、私はそれをベンチで見ながら、聴きながらこんなに完璧な時間があっていいのだろうか、永遠に続いて欲しい!と思っていたのだが。。。

残念ながら、暖房も付けず(音がしてしまうため)にいたので、とても寒くて、トイレにどうしても行きたくなってしまい、おまけにチャペルにはトイレがないので、近くのパブまで車で送って頂き、そこで待機することになってしまった(涙)。
チャペルでの至福の時間は2時間ほどでしたが、今でも忘れられないバルカローレの思い出です。そんな夢のような時間をくれたTに本当に感謝。

2020!

2020年が平和で全ての人にとって良き年となりますように!

ショパンのバルカローレ Ⅰ

またまた久しぶりのブログ。
何もなかったかのように書き出さないと、いつまでも書けないような。
出来ることなら、また習慣化させたい。。。

来年のリサイタルのためのプログラムを考え中です。
今年の2月に長野でリサイタルをさせて頂き、その時に企画してくださったメンバーと夏前に打ち合わせがあり、来年の5月に二回目をする事になりました。2月のコンサートはブラームスのヘンデル変奏曲(30分ほどの大曲!)が入っているかなり渋いプログラムで、終わった後に「次回はみんなが知っているポピュラーな曲も入れて欲しい」とのリクエストが多々ありました(笑)。
打ち合わせでも「ショパンは入れて欲しい」「ショパンだったらバルカローレ(舟歌)を聴きたい!」とのリクエストがあったので、今回はこの線で、今色々と模索中です。

このバルカローレ(舟歌)。様々な思い出があります。
まずは、アカデミー時代にランチタイムコンサートで弾くために猛練習したのだが、この曲が今考えると、そのあとの音楽的模索の迷路に迷い込むきっかけとなった曲のように感じます。それまでは、自分だけの音楽に満足していれば良かったのが、アカデミーで勉強をするようになって、「演奏」ということを意識し出したからなのだと思うのだが、自分の内面にある音楽が素直に表現できなくなった気がします。伝えることや、音を飛ばすこと、音の美しさやフォルムや構成を常に考えることによって、自分が本当に表現したいものが何かが分からなくなってしまいました。それでも、素晴らしい先生にレッスンをして頂いて、習ったことを生かした「演奏」をランチタイム・コンサートでしました。

このランチタイム・コンサート。ハプニングもありました。舞台に出て来て、椅子に座って集中して、弾き始めようと手を上げた途端、非常ベルがなってしまいました!みんな凍りついて、私も観客席に座っていた演奏科の専任の先生の顔をみたら、とても同情したような表情で、「避難しないと」と言われ、私もお客さんもみ〜んな避難しました。結局、間違いだったらしく、30分後にまたみんな戻って来て、演奏することに。専科の先生が「大きな拍手で迎えてあげて!」というのが聞こえてしまったのだが、部屋に入るとみんな笑顔でとてつもない大きな拍手で迎えてくれて、思わず笑ってしまいました。これで、緊張もほぐれて演奏できました。

演奏内容も今でもよく覚えているのだが、終わったあともとても印象に残ったことがあり、今でも心に留めていることがあります。コンサートが終わった後に、聴きに来てくれた友達が何人も話しに来てくれたのだが、その中に「すごく良かったよ!」と言ってくれたフルートの友達がいたのだが、私がすかさず「え〜、全然良くなかったよ。。。」と言ってしまいました。それを側で聞いていたピアニストの友人がみんなが帰ったあとに、私が一人になった時に「演奏した後に褒めてくれた人に、それを否定するようなことは絶対に言っちゃダメだよ。」と諭されました。「せっかくその人が持っていたいい印象も悪くするし、その人に対して失礼だよ。」と。確かに。同じ歳(18か19!)だった友達なのに、今でも本当に有難いアドバイスだったな〜と感謝しています。なので、その時以来、自分の演奏に対してどう思おうと、その場では絶対にネガティブなことは言わないように心掛けています。

バルカローレに関してはまだ素敵な話があるので、次回に。。。

50の終わり

私の50歳の年が終わる。この「50」というのは母が亡くなった歳だったので、私にとってはとても特別な意味のある歳でした。昨年は50歳のお誕生日を盛大にお祝いし、この一年を掛けて、一緒にお祝いしたい人とは全員、会えるように心がけていました。
あと数十分で母の歳を超えることになる。何とも不思議な気分。。。

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