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50の終わり

私の50歳の年が終わる。この「50」というのは母が亡くなった歳だったので、私にとってはとても特別な意味のある歳でした。昨年は50歳のお誕生日を盛大にお祝いし、この一年を掛けて、一緒にお祝いしたい人とは全員、会えるように心がけていました。
あと数十分で母の歳を超えることになる。何とも不思議な気分。。。

ショーン・タンの世界展

最近、自分は何に惹かれて、何に興味を持つんだろう、を考えることが多い。忙しいせいもあるし、年齢的なものもあると思うのだが、とにかく時間を大切に使いたいという思いが強くなっているので、本当に自分が良いと思うものを見極めた上で選択して時間を使うようになっている。

Shaun%20Tan.jpgずっと気になっていた「ショーン・タンの世界展」。今月の28日までだったので、行こうかどうしようか、ずっと迷っていました。ショーン・タンさんの絵や絵本はずっと前から気になっていて、この展覧会のチラシを手に取った時から行きたいとは思っていたのだが、何しろ場所が遠い。。。展覧会場の「ちひろ美術館」は上井草にあり、鎌倉から2時間ほど。。。そこまでして行くべきか、で相当躊躇していました。
しかし、昨日、「行くなら今日しかない!」と思い、気合を入れて行く事にしました。電車を乗り継ぎ、駅からも昔ながらの駄菓子屋さんや畑のそばなどを歩いて15分弱。人の姿も全くない。「ここまでして来るべきだったのかな〜。。。ピアノ、練習していた方が良かったかも。」と思いつつ、やっとたどり着きました。

ちひろ美術館は住宅街の中にポツンとあり、木々に囲まれた素敵な建物。小さいながら、ガラスがふんだんに使われていて、とても開放感のある気持ちの良い美術館でした。ビックリだったのは、来る途中は人っ子一人いなかったのに、美術館には結構な数の人がいました。どこからこの人たちは来たのかしら???

そして、「ショーン・タンの世界展」。本当に素晴らしかった!彼の世界観と想像力の豊かさ、そして、絵から溢れ出ている愛と温かさに本当に感動しました。映像もあるし、絵一つ一つも本当に見ていて楽しいし、なんとも言えないほのぼのとした幸せな気持ちになります。とても愛らしいのに、伝えているメッセージはとてもシビアで、子供だけでなく、大人にぜひ見てもらいたいと思うものばかりでした。

本当に行って良かった。片道2時間、往復4時間でも、行く価値は十分ありました。
会期は28日まで。好みもあると思うが、ついでのある方はぜひぜひいらしてください!

節目

令和になるということで、あまり私自身は感情移入できないのだが、やはり大きな節目なのでしょう。

大きな節目といえば、私にとってはそれが昨年の8月でした。8月は誕生日があり、50歳の誕生日を迎えました。
Birthday%EF%BC%88%E5%A4%89%E6%8F%9B%E5%BE%8C%EF%BC%89.jpg私の母は50歳で亡くなったので、20代の頃から、自分の寿命は50までという思いでずっと生きていました。いつも期限付きで生きていた気がするので、あまり老後のことも考えず、50歳までに出来るだけのことをしようといつも思っていました。そして、ついに昨年、50歳のお誕生日が来ました。まさか、こんなに元気に迎えるとは思っていなかったので(笑)、本当に50歳のお誕生日は大きなお祝いをしなくては、と一年ほど前から友人と一緒に計画を立てていました。日本では20歳を過ぎるとパーティーをすることがあまりないように思うが、海外は節目のお誕生日は特に大きくお祝いするので、カードやパーティー・グッズもとっても豊富。パーティーは基本的に本人が企画するので、私も早めにロンドンに行って準備を進めました。
 
色々とアイディアはあったのだが、最終的に運河のボートを借りてのパーティーにしました。ロンドンでの大学時代の友人たちや先生、そして、日本で教えていた生徒さん達と一緒に、元気に50歳のお祝いをできたことは本当に嬉しく、私にとってはとても大きな意味のあることでした。雲ひとつない真っ青な空の素晴らしい天気のもと、これ以上にない大きな節目のお誕生日となりました。

8年

東日本大震災から8年。
今日も鎌倉では神道、仏教、キリスト教の3宗教が共にお祈りを捧げる追悼・復興祈願祭が行われました。今年は私がいつも行っているカトリック雪の下教会で行われ、お手伝いに。それぞれに宗教は違えど、思いは一つ。
本当にたくさんの方々が心を一つにしてお祈りを捧げました。

長野でのリサイタル Ⅱ

2%3A16%E8%8A%B1%EF%BC%88%E5%A4%89%E6%8F%9B%E5%BE%8C%EF%BC%89.jpg今回のコンサートは祝賀会を兼ねたものだったので、始まる前から会場の雰囲気がとっても和やかでみなさん、とっても楽しそうでした。すでに場が温まっているので演奏者にとっては何ともありがたい。

サロン・コンサートではトークが入ることも多いが、長いリサイタルプログラムではトークとの両立はかなり難しい。フリートークが理想なのだが、自滅することもあるので、今回はかなり綿密に台本を作りました(笑)。(私にとってはピアノを弾くことよりもトークの方がかなり大変。。。)

今回のコンサートに来てくださった多くの方がクラシックのコンサートにいらしたことがないということだったのだが、とにかくお話も演奏もとても熱心に聞いてくださっているのがひしひしと伝わって来ました。最初のスカルラッティーはそんなに感じなかったのだが、2曲めのシューベルトを弾き終わった時の拍手がすごい波のように襲って来て、逆にびっくりしてしまいました(笑)。こんなにも一所懸命に拍手してくださって、私の方が大感激。そして、そのあとにコープランド、最後に30分のブラームスの大曲と続きましたが、最後まで一体感のある本当に充実した時間/空間だったように感じています。

あのシューベルトを弾いた後の拍手は今でも体の中の記憶に残っていて、「これからまた頑張ろう!」という励みになっています。音楽は「何か」を伝えてたくてこちらも全てを掛けてコンサートに挑むのだが、今回はとにかく聴いてくださっていたみなさんから頂いたものがとてつもなく大きかったです。自分のピアノに関しては色々と思うところがあるが、コンサート全体を考えると本当に素晴らしい、良い思いしか残らない感謝な時間でした。

長野でのリサイタル Ⅰ

書きたいことがいっぱいあるのに、なかなか書く時間がない。。。
とっても久し振りのブログです。

先月、久し振りに日本でのリサイタルがありました。
昨年から話が出始めていたこのコンサート。以前からいつも音楽的にサポートしてくださっていている方のお祝いの会の始めに、「1〜2曲弾きましょう」、というのがどんどんと大きくなり、最終的には長野での1時間半弱のトーク付きのコンサートになりました。ゲーテの有名な言葉が思い出されるのだが、一人、二人の思いから始まったものが、あらゆる事や人のご厚意により、その思いが広がり、大きなものに発展していったのを本当に目の当たりにしました。そして、演奏する側にとってこんなにも最初から最後まであらゆることが上手くスムースに運んだコンサートも珍しい。本当に感謝でした。

長野の竹風堂さんという和菓子屋さん内にあるホール。去年の秋に下見に行きましたが、木と和紙に統一されているこだわりの内装で、入った瞬間に人を包み込むような温かみがありました。ピアノも小さいながらも、ホールにはぴったりの大きさで、ピアノとホールの音響的な相性も抜群。こんなにも弾いている人にとって弾きやすい音響はなかなか珍しい。天井が弧を描いているのと、床の木がイギリスから輸入したという硬い木らしいのだが、それにしてもこんなにいい音響になるのは奇跡に近い(笑)。音響だけはどんなに計算しても、建物が出来てみないと分からないという話をさんざん聞かされているので、このホールはかなりラッキーだったと思う。

長野にはコンサート前日から入り、リハーサル。ホールでのリハーサルは寒いことが多いので、長時間になっても大丈夫なようにホカロンやレッグウォーマー、暖かい飲み物などあらゆるものを用意して行ったのだが、着いたら、ホールはとても暖かくなっていて、超快適。トーク用のマイクもすぐに使えるように準備してくださっていて、何のストレスもなくリハーサルをすることが出来ました。階下には甘味屋さんの喫茶もあり、そこで休憩に栗あんみつを。甘い物好きの私としては、美味しいものでまた元気になって、さらに張り切って練習することが出来ました。5時間近いリハーサルでしたが、とても充実した清々しい気持ちでホテルに帰って来ました。

翌日は朝、8時過ぎにまたホールで練習。そして、調律。ピアノは前回下見に来た時にも思ったのだが、私の好きな調律だったので、ほとんど注文をすることもなく調律師さんにお任せ。なぜに前回も今回も調律がこんなにもいいのかしらと思ったのだが、調律師さんに聞いてみたら、一年に30回近く調律しているそう!これにはかなりびっくり。(家のピアノの調律は通常年に2回!)本当にいつも良い状態にしてくれていること(愛されていること)をピアノが喜んでいて、それに応えてくれているんだろうな、と思いました。

ホテルに戻り、少し休んで、そして、午後、いよいよ本番。
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2019!

新年明けましておめでとうございます!
この一年が全ての人にとって、平和で良い年となりますように!

7年

2018_3_11_resize.jpg7年目の3月11日。
今年も鎌倉では大仏のある高徳院で鎌倉宗教者会議による東日本大震災追悼・復興祈願祭がおこなわれました。神道、仏教、キリスト教が宗教、宗派を超えてお祈りしました。14:46の黙祷では、自然さえも悲しみを感じ取っているのか、山が周りにあるにも関わらず、鳥や虫さえも鳴いていない。亡くなられた方々のご冥福と、深い悲しみを抱えている方たちに平安があるように心よりお祈りしています。

千差万別

もう3月になってしまいました。。。
ここ数週間、色々なコンサートに行く機会があり、本当にクラシック音楽といえど、表現方法は千差万別なんだな〜とつくづく感じています。こんなにも選択肢があるのだな〜とも思う。結局、表現したいものも、表現の形も、その人一人一人が選択して磨き上げて来たものであって、そこには好みはあるかもしれないけど、良し悪しはないのでは、とも思えるようになって来ました。少しは歳と共に丸くなって来たということかしら(笑)。

その中でも、毎年とっても楽しみにしているコンサートがある。ブログにも何回か登場しているイタリアのコンクールで20年以上前にお会いした安田正昭さん。本当に素晴らしいピアニストさんで、毎回感動してしまいます。
そして、また今年も大きな期待と共に会場に足を運んでしまったにも関わらず、その期待以上のものを頂いて来ました。
なぜにこの人はこんなにも素晴らしい音楽を作れるのかしら、という驚きすらあります。ベートーベンに始まり、シューマン、そして後半がメシアンの大曲。プログラム運びも素晴らしく、徐々に徐々に音楽の奥へ奥へと道案内をしてくれます。前回のリサイタルの時に、隣に座っていた方がお友達に「全然飽きないのよね。」と言っていたのが聞こえて来たのだが、本当に音楽が明確に見えて来るので、飽きることがない。ベートーベンはベートーベン、そしてシューマンはシューマンとそれぞれの作曲家がくっきりと見えて来るのも凄い。そして、ピアノの魅力を最大限に聴かせてくれるのもピアニストとしてはとってもに嬉しい。ピアノが本当に喜んでいるんだろうな〜と思えて来る(最近行った世界的にも有名なピアニストのリサイタルでは、「そんなにピアノをいじめないで〜!」と辛くなってしまうほど、打鍵の跳ね返りが聞こえるくらいにピアノを叩いていた人もいたけど。。。)。
 たまたま個人的な繋がりがあったからコンサートに行くようになったのだが、こんなにも素晴らしいピアノ/音楽を生で聴けるのはラッキーとしか思えません。
「音楽は素晴らしい!まだまだ、ピアノ、これからも頑張りたい!!」と思わせてくれる本当に素晴らしいコンサートでした。

何?

昨日は1日に3つのコンサートをする予定になっている友人Mさんが家に来て、そのリサイタルプログラムを弾いてくれました。バッハからシューベルト、ベートーベン、ムソルグスキー、ショパンと本当に盛りだくさん。レパートリーもそうだが、音楽表現もとても幅広く、何十年と彼女の演奏を聴いているにも関わらず、また新たな面をたくさん発見できました。いつ聴いてもMさんの音楽のフレージングの美しさとセンスの良さには唸らされます。

演奏のつくづく面白いところは(特にピアノがそうなりがちだと思うのだが)自分で一生懸命にやればやるほど、自分で何をしているのかが見えなくなってしまって迷宮入りしてしまう事が逆に多くなってしまう気がします。なので、ちょっと人に聴いてもらって、感想を言ってもらうと自分でも気付かなかったことにハッとしたり、違う視点からものが見えるようになれる事があったりします。良かれと思ってやっている事が逆に裏目に出たり、逆にあまり思い入れをしていないところが良く伝わっていたり。どうしても演奏者と聴き手の感じ方の違いはあるので、人に聴いてもらうというのは本当に大切だなと思っています。彼女も私が言った感想で新たな発見が色々とあったようで、「鋭いね〜」「素晴らしい耳!」と褒めてくれました(笑)。

今回の演奏プログラムでも話は大いに盛り上がったのだが、彼女が関わっている仕事でアメリカの作曲家ジョン・ケージの「4”33」という曲の話題になりました。これはピアノの前に座り、ストップウオッチで4分33秒を図りながら、全く音を一つも弾かない、3楽章からなる曲です。ギャグの対象になりがちな曲だし、実際に弾こうと思った事が一度もないので、あまり深く考えた事がなかったのだが、昨日色々と話しているうちにかなり気になりだしてしまいました。昨日はMさんの今度のコンサートで弾くことだけでなく、色々と話すことも多く、長い長い1日になり、夜も遅かったのだが、彼女が帰ってからも、ジョン・ケージのこの曲についての記事をネットで検索して読み漁り、インタビューまでもをいくつか見てしまいました。この曲だけでなく、ジョン・ケージの姿勢に考えさせられているのだと思うのだが、『「4”33」は何なの?』という思いよりも、では、「私はバッハやブラームスを弾いて何をやっているの?」というところにまで発展してしまい、今日は考えがぐるぐる回ってしまいました。こんなに考えさせられるだけでも、この曲は本当に凄いな〜と思ってしまうようになりました。本当に音楽って何だろう。。。

(素朴な疑問だけど、なぜ「4"31」でもなく「4"40」でもなかったんだろう。3楽章あるというのも衝撃だったな〜。。。)

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